
本誌の主張
①本当は誰もが人生を経営しているのに、それに気づく人は少ない
②誤った経営概念によって人生に不条理と不合理がもたらされ続けている
③誰もが本来の経営概念に立ち返らないと、個人も会社も豊かになれない
本誌は経営という切り口から15個のジャンルに対しての冷笑系エッセイ集ですね。なおそれぞれ最後に熱血が入る謎な構成です。
さて、では本誌で気になった箇所をメモります。
・夫婦の家庭内で起こる「ちょい残しコップ散乱問題」に対し、妻側の「片付け対象が放置されていると気が休まらないから、家は常に整理整頓された状態を保ちたい」という要求と、夫側の「常に家の整理整頓に気を使っていたら気が休まらないから、何も考えずに過ごしたい」という一見両立が難しい要求も、「家では気を休めたい、リラックスしたい」という要求は「モノが散らからない」ことが大事なので「余計なことを考えなくてもモノが散らからない」ようにすれば良い。マイ水筒をぶら下げる、土日だけ家事代行サービスを使うか等。
・恋愛も経営を相手のニーズに応えようとする、もしくは目的に対して過大すぎる手段によって、目的の実現そのものが妨げられたりする。恋愛は手段にすぎず、その先の目的には自分と相手の幸せがあるかどうか。経営と同じ。
・勉強における「つながり」と「バラツキ」の経営。勉強もゴール設定をしていれば、学校のように部分を勉強するバラツキから、目標を繋いでいくことで最終ゴールに辿り着く。「今日も勉強したなー」と時間の浪費になっていないか最終ゴールと結びつけて考えるべき。経営も同じ。
・マウンティングには敗北しかない理由。年収が高い。超大手企業。タワマンに住んでいる。など。反論として上記は「情緒的役割がある」。全ては比較論で手法で言ったほうが劣等感があることが明確で、例えば尊敬されるという目標があっても表面的な部分に言及されてしまう。尊敬とは奪うモノでなく創り出すモノ
・裸の王様組織「制度的無能状態」
①組織はピラミッド状であり複数の階層が存在すると仮定する
②ある職階において最も成績が良かった人がより上位よ職階につくと仮定する
③複数の職階において求められる能力はそれぞれ異なると仮定する
④個々人が持つ能力値はランダムに割り振られ、異なる能力間に相互関係はないと仮定する
→競争原理の良さと無意味な仕事を作るハザマにある
【重要】
怒りの裏にある感情を探ると、実は自分の勝手な想像が怒りに着火させているだけ
コレからの時代はパワハラではなく「ロジハラ」
→自分に対してしか善を通さないから社会悪になってしまう
・欲しいのは「塩分」?それとも「味」
→過度な制限やダイエットという手段は目的を大きく毀損する
→サプリを何錠飲んでいるかという自虐ネタに終始
・芸術で経営するなら、美術商・学芸員・キュレーター・パトロンなどが作品の文脈を理解した上で、作品に対して能動的に意味づけしてくれなければならない。規則に従う必要があるが、全て規則に従うと面白くない。全く規則に従わないと訳がわからない。「芸術作品の価値は芸術ネットワーク全体で創造するもの」
・経営と同じで本来の目的を忘れた国は亡びる
→重税などの国家運営の失敗
→究極の目的は国民1人の幸せ
→財政健全化は手段の一つ
→特権階級たけが国民という勘違い、後漢、藤原摂関政治、李氏朝鮮など歴史は繰り返す
→社会制度は耐久年数がある
→織田信長は「領土を与える」から茶道を再流行させて武人たちに「茶器」を競って披露し、領土よりも唐物茶器を欲しがる武人が続出。安土桃山時代は、土地の奪い合いから茶器という価値創造を行なった。歴史は経営の失敗で塗り替えられていく。
終わりに、本来の経営の欠如は全ての人の人生に不幸をもたらす。価値創造の究極の目的に向かい、中間目標と手段の本質・意義・有効性を問いただし、究極の目的の実現を妨げる様々な対立を解消して、豊かな共同体を創り上げること。本誌は経営概念の再転換を目指して、日常に潜む経営欠如の非喜劇に光を当てた作品である。個々人の「人生経営」についてフォーカスされている。
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