
人を動かす、道は開けるで知られるデール・カーネギーも、 7つの習慣のスティーブン, コヴィーもアドラー心理学に影響を受ける。
アドラーは、フロイト、ユングと並ぶ三代巨頭の一人。 アドラーとフロイトは年も近く対等な研究者という関係。
アドラー心理学は、人間理解の真理、 また到達点として受け入れられている。
トラウマは、存在しない
自分の経験によって決定されるのではなく、 経験に与える意味によって自らを決定するのである。 風邪を引いたら医者は「昨日は薄着をしたから」 という原因論を述べるが、アドラーはトラウマを完全に否定する。 精神科医は「会社の人間関係」という原因を述べるが、 その人が出社拒否をしているのは「出社したくない」 目的から原因に繋ぐ「目的論」であると定義する。つまり、 トラウマの議論に代表されるフロイト的な原因論とは異なる。
過去起きたこと、感情に支配される原因論とは異なる。
人は常に変わらない、と決心している
つまり人は、色々と不満はあったにしろ「このままの私」 が楽であり安心なのである。 幸せになる勇気が足りていないだけである。 今のライフスタイルを止める必要がある。
人間の悩みは、すべて対人関係の悩みである
劣等感は主観的な思い込みである。客観的な事実ではなく、 主観的な解釈のみである。理想に到達していない自分に対して、 まるで劣っているような感覚を抱く。 本来は何の因果関係もないところに、 あたかも因果関係があるように自ら説明して納得するようにしてい る。
劣等感を感じている人は自慢したくなる。 優越感に浸るからであり、不幸なことを自慢する人も同じで、 自分の不幸を武器に相手を支配する。
人生は他者との競争ではない。
健全な劣等感とは、他者との比較の中で生まれるのではなく、 理想の自分から生まれるもの。 今の自分よりも前に進もうとすることにこそ、価値がある。
相手が攻撃をしてきたら、その人の隠し持つ「目的」 を考えるのです。例えば権力争いをしている。とか。 子供が親への復讐として非行に走る、不登校になる。 それを見れば親がどんな気持ちになるか、復讐をしている。 権力争いを挑まれた時には、絶対に乗ってはならない。 権力争いと察知したら、いち早く戦いから降りること。 挑発に乗らない。怒りは目的を叶えるための手段であるだけ。 怒りという道具に頼る必要がない。人は対人関係の中で「 私は正しいのだ」と確信した瞬間、 すでに権力争いに足を踏み入れている。
【行動面の目標】
①自立すること
②社会と調和して暮らせること
【心理面の目標】
①わたしには能力がある、という意識
②人々は私の仲間である、という意識
人生のタスクは仕事、交友、愛のタスクがあり、 関係が深くなればなるほど難しくなる。逃げてはいけない。 様々な口実をつけて回避しようとするが、勇気を持つこと。 所有するのではなく使用する、つまり何かが与えれるのではなく、 与えられたものを使用すること。
承認欲求を否定する
「あの人」の期待を満たすために生きてはいけない。 他人の人生を生きてはいけない。自分の人生を生きること。 対人関係のトラブルは他者の課題に土足で踏み入ること、 もしくは自分の課題に土足で踏み入られること。 自分の信じる最善の道をいくこと。 他者の課題に介入することは自己中心的な発想。
自由とは他人から嫌われること
他者の評価を気にかけず、他者から嫌われることを怖れず、 承認されないかもしれないというコストを支払わない限り、 自分の生き方を貫くことはできない。嫌われることを怖れるな。 嫌われる勇気を持つこと。
対人関係のゴールは共同体感覚
他者を仲間だと見なし、 そこに自分の居場所があると感じられることを、 共同体感覚という。課題を分離することは対人関係の出発点。 課題の分離ができておらず、承認欲求にとらわれている人もまた、 きわめて自己中心的な人。他者にどう見られているか「わたし」 にしか関心を持たない自己中心的なライフスタイル。 わたしは共同体の一部であって中心ではない。 ほめても叱ってもいけない、 褒めることは能力が高い人に使う言葉であり、叱ることも同様で、 背後にある目的は操作。アドラー心理学では縦の関係を否定し、 横の関係を推奨する。対人関係を縦で捉え、 相手を低く見ているからこそ、介入してしまう。横の軸で考える、 相手がしてくれた行為にありがとうと答える。 あなたが存在しているだけで感謝すること。
信用と信頼の違いは、条件をつけずに人を信じることを信頼、 融資のように条件をつけることを信用。信頼の反対は懐疑。
私は共同体にとって有益である、私は誰かの役に立っている、 という思いが大切。他者貢献は目に見えるものでなくて良い。 貢献感を持てればそれで良い。幸福とは貢献感である。
承認欲求によって得られた貢献感は、自由がない。 普通であることの勇気を持つこと。凡庸な自分を受け入れ、 凡庸な日常に身を任せる。
人生とは、いまこの瞬間をくるくるとダンスするように生きる、 連続する刹那。ダンスを踊っている「いま、ここ」 が充実していれば、それでいい。 過去にどんなことがあったかなど、あなたの「いま、ここ」 には何の関係もないし、未来がどうであるかなど「いま、ここ」 で考える問題ではない。「いま、ここ」 を真剣に生きていたら良い。
人生の意味は、あなた自身にあたえるものだ。
世界はシンプルであり、人生もまた同じである。
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