YKKにて

異業種転職シリーズですが、前回の更新から一年以上が経ちました。何故、今更再開したかというと、フリーライターのよっぴーさんが、「明日クビになっても大丈夫!」という本を執筆されて、生産をする趣味を持つサラリーマンがブログで表現するのは良い、みたいなことを書いていたので、アウトプットしてみようかなーっと思った次第です。因みに転職は趣味ではありません。

 

さて、1社目はYKKという、ファスナーとアルミサッシのメーカーに入社しました。因みにファスナーではなくチャックと言った方が分かりやすいのですが、当時のYKKの先輩からは、「チャックと言ったら怒られるよ」と教育されたので、ファスナーと言ってました。確かに入社当時、ファスナー事業本部ファスニング事業部、という部署があり、チャックという言葉は全く使われてなかった記憶があります。まぁ、チャックというとダサいからでしょうかね。今はYKKさんのホームページに違いが書かれているようです。

 

ファスナーとチャックの違い

https://www.ykk.co.jp/japanese/ykk/mame/fas_01.html

 

因みにファスナー関連はYKK株式会社、アルミサッシ関連はYKKap株式会社に入社、ということになってました。YKK株式会社は入社して数年で海外赴任が基本だったので、帰国子女や学歴が高い、もしくはコミュニケーション能力が高そうな人が多かった記憶があります。

 

因みに僕はYKK株式会社所属で新規事業を担当することになりました。オプティカルパーツ事業推進部という、光ファイバーコネクタの接合部品の製造販売をする部署です。僕は営業として入社しましたが、なんとこの部署で新卒を採用するのは初めてとのこと。優秀なYKKの同期も僕には特別な目線だったりするのですが、僕と言えば大学偏差値50で時頭も良くない、人見知りはしないけど、有名大学でサークルの代表やってましたーみたいな人や一流大学のゼミを乗り越えてきた方々なので、コツコツとした研究をしてこなかった僕とは会話力も違う。なのに大学の研究が偶然光ファイバーと少しだけ関係があるということで採用される。ペーパーの運もあった。完全に実力不足の僕。しかもはじめての東京で心を許せる仲間は誰もいない。寂しかったですね。

 

4月の研修で早速化けの皮が剥がれる。部で別れた研修で一人だけレベルの低いアウトプットをする。おれ、やっていけるのかな、が本音でした。1ヶ月の研修が終わり、東京の現場に行くのだが、社会人としてのマナーが何もなっていなく、優しい先輩を舐めるしまう始末。6月ごろ、一番年齢の近い先輩からガチで説教される。「お前は周りの23歳より人間的に圧倒的に欠けた部分がある」と言われた時は凹みましたね。それまでの素行を一つ一つ注意されました。が、今となれば、そのように怒ってくれたF先輩に感謝しか無いのですが、その時は相当ショックでしたね。同じ同期で一般職のOさんからも馬鹿にされてたんだろうなー、って思います。そんなことがあったのだけど、あまり努力しなかった僕。翌年、頭の良い後輩U君が入ってきて、僕なんかアッサリと抜き去ってしまう。更に翌年に入った後輩MくんとUくんの二人で、この部署で中核の部品を任され、毎回2年目か3年目に任される展示会の仕切りも僕には任されない。そう、典型的な劣等生でした。本当に情けないです。本当ならもっと悔しがるべきなんでしょうが、不思議と受け入れてましたね。僕は劣等生なんで仕方がないかな、と。

 

因みに配属された部署ですが、一年目は事業推進部でしたが、売り上げ自体は好調でしたので、2年目には事業部化しました。ただ、三年目にITバブルが弾けて事業部を縮小することになりました。事業を縮小するタイミングで転職をするのですが、転職をするキッカケになったのが、僕が一年目に入った時に転職された、もう一人のF先輩の影響が大きかった。その先輩は僕が入社した当初によく言ってたのは「YKKの仕事は外に行ってもなんの役にもたたない、だから、今のうちに自分の本当に役立つことを身につけておいた方が良い」と教えて頂きました。偏差値50の僕にもその意味はわかったのだが、何をして良いか全く分からない。その先輩はニューヨーク帰りで英語が堪能だったこともあり、劣等感の塊だった僕は皆んなに内緒でNOVAに通う。当時遠距離恋愛してた彼女がNOVAに就職してたからね(関係ない情報ですね)。最悪なのがNOVAに通って半年後、会社負担でNOVAに通えるようになったのはショック。あぁ、契約金返して欲しい。

 

結局、英会話もずっと通うことなく、何も身に付かないままズルズルしてた頃、営業先でネットマークスという、最近実力を伸ばしてきているNIerがあることをしる。その会社は当時住友電工の子会社で、色々な会社の部門を買収して大きくなり、上場の準備もしていることもあり、相当勢いがありました。セキュリティ分野に強いNIerで、各企業インターネットを導入して、パソコン化が進んでいたので、伸びに伸びる会社でもありました。

 

外から見て、この会社でスキルを磨いたら、将来一生困らないだろうなーとおもっていた矢先、ふと、大学のサークルから連絡が来て飲みに行くことになる。そこで、ネットマークスにサークルの同級生がいることを知る!これは偶然だなあと思い、その同級生に会ってみる。すると、ネットマークスは完全に人手不足だった。というのも、ITバブルの影響で各企業のパソコン一台一人は当たり前になり、どの会社もインターネットやメールを使うことが当たり前になりつつあったが、どの会社もセキュリティ対策は万全でなく注文がひっきりなしにくる状況でした。ITバブルが弾けたとはいえ、YKKはその通信の部品メーカーなので、ITにおいては一番の下流でした。ほんの一年前は、作っても作っても製造は追いつかず、B級品でも良いから買いたい、値段を高くても買いたいと言ってくる会社が後をたたなかった。僕が入社した当初、担当していたお客さんに110〜120円位で販売していたが、物不足になると、注文書一年分で148円で売れたりしました。新規のお客様は200円でも買いたいとおっしゃっていたので、月に一万ロット単位で売っていた商品としては、かなり美味しい商売となってました。僕が入社して一年でそんな状況になったので、会社も事業部に格上げするのも納得ですね。儲かって仕方がない時に、どのように値上げするかなどの立ち回り方を学びました。ただ、その好景気も一年で弾け、在庫の嵐、工場を増設したので減価償却をどうするかなど状況は一転。値段は一年目の時より下がり、注文書分が終わり次第、一年目の金額で買ってくださいとお願いすることに。売れていた時にK部長が言ってたのは「この状況はいつまでも続かない、なのでお客様には失礼の無いように、特に何年も買っていただいているお客様は、立ち上げ当初苦しい時期を助けてくれたので、感謝の気持ちも忘れないように」と教えてくれました。これは長年メーカーを経験し、様々な商品を販売していたK部長の経験則であると思うのですが、YKKはファスナーにおいてはダントツのシェアナンバーワン、アルミサッシにおいても、トステムが出てくるまではナンバーワンだったのですが、新規業界では全く通用しないことをわかっていらっしゃり、今回のような光通信部品の販売のような仕事も、最初はかなり苦労されたようです。YKK本体の商売もシェアナンバーワンということもあり、どうやって価格を下げずに価値を見出すか、アルミサッシもトステムが価格競争を仕掛けてきてシェアナンバーワンをとられたので、どのように価値を守るかということを何年もやってきた先輩の方々だったので、入社二年時に起きた商品の値上げをするという方法を誰も知らず、本当はもっと儲けることが出来たようです。ただ、僕は儲けすぎると不景気になった時は苦しいということもここで学びました。既存顧客に値上げ交渉した時も、感謝の気持ちを忘れず丁寧に状況を説明して一年分の注文書を頂きました。本当は140円がだったラインでしたが、148円で売れたのは嬉しかったですが、反面160円から交渉を始め、148円で着地させるような仕事はあまりしたく無いな、というのが本音でした。今となれば人にいうのは簡単ですが、自分でやるのは大変だったなと思い返します。あと、僕はこのお客様は物不足なので何とかある程度の数をキープしたかったので、会社に交渉して月5000個をキープできました。他の先輩方と明らかにロットは違いますが、2年目としては頑張ったなと思いました。初めての担当でしたのでどうしても買って頂きたく思ってました。そして、その注文書が無くなり、既存顧客に110円で買ってくださいとお願いしに行った際、購買課のN課長はすんなりと注文書を出して頂きました。5000個をキープしたことにありがとうと言って頂いたのは今でも忘れません。N課長、本当にありがとうございます!そうして、好景気と不景気の営業を教えていただいたので、自分にとっては非常に良い経験をさせてもらったと思っています。あと、メーカーとしては良い条件の時は、出来るだけ長い期間注文書を頂くこと、常に感謝の気持ちを持つことの大切さを学びました。

 

話はそれましたが、ネットマークスで働いている大学の同級生Nくんは、「もし、ネットマークスに入りたいなら、部長か取締役を紹介するよ」とのこと。そんな権限あるのかな?と眉唾モノだったのだが、僕の事に興味をもったらしく、会っても良いよ、とのこと。とはいえ、僕はネットワークインテグレーターに関して全くの素人。会ってがっかりされる可能性もあったので、まずは飲みに行きましょう、と面談は濁し、飲み会も少し先の日程を設定しました。それからというもの、僕は急ピッチで準備を始めることになります。準備の方法ですが、既にこの記事、4000文字を超えたので次回更新したいと思います。