アホとバカの境界線

探偵ナイトスクープ

岡部まり「私は大阪生まれ、妻は東京出身です。二人で言い争う時、私は『アホ』といい、妻は『バカ』と言います。耳慣れない言葉で、お互い大変に傷つきます。ふと東京と大阪の間に『アホ』と『バカ』の境界線があるのではないか?と気付きました。地味な調査で申し訳ありませんが、東京からどこまでが『バカ』で、どこからが『アホ』なのか、調べてください。」

 これについて番組での調査(東京大阪間を鉄道で移動し、聞き取りを行っていく)が行われ、アホ、バカの間にタワケがある事が分かり、タワケとアホの境界線を辿る調査が試みられたのである。そこまでが一回目の調査。そしてここから全国に調査対象が広がり、アンケート調査、文献調査等様々な調査が行われ、最終的に『全国アホ・バカ分布図の完成』という題でスペシャルとして放送されるまでに至るのである。そしてその経緯、成果をまとめたのが本書である。その為、単に学術書という側面だけでなく、ドキュメントという側面もあるので、結果、非常に読みやすいものになっている。


 さて『タワケ』と聞いた時に思い出したものがある。それは「名古屋はええよ!やっとかめ」という曲である。この曲はつボイノリオという名古屋圏一のラジオのしゃべり手が歌っている曲である。(詳細はオススメリンク先で)この唄の一節で次のようなものがある。

♪遅れとるとか、古いとか、タワケにするけどよ♪

今まではこの唄の『タワケ』の意味がはっきり分らなかった。それが、アホ、バカの間に出てくるのである。このような分布にはどのような意味があるのか?それを考えるに際し、本書で出てくるのが、以前紹介したあの柳田の方言周圏論である。(参照・5月22日紹介)これも簡単に言えば以前言ったとおりで、京都で流行った言葉の順番はバカ→タワケ→アホの順になるというものである。

この本ではアホ・バカ表現を全国的に調べ、この表現自体の変遷を辿っていく試みに取り組んでいるのである。

 私は前回、方言周圏論に対し、批判的な立場をとった。それは京にのみ文化発信の軸を置くとも考えられるその姿勢に対してであった。これを明確に覆そうとはまだ決めかねているが、この本にはそういう面でも興味深い事がいくつかあった。

それは一つはこのような事である。バカ表現の中に富山で使われるもので『ダラ』というものがある。この語をその地方の人は陀羅仏の事であり、そこから意味が転じたと考えていたという。しかしそれが本の中では「足らず」が変化したものである、とされ、それを聞いた富山の人が自分らの地域で信じられてきた語源説は誤りだったのか…と落ち込む場面がある。それに対し筆者は地域の人がバカと言う表現を使う際にも仏様の事を考える、謙虚さを持っていたからこそ、当地でそういう説が出たんだから、それは落ち込むことではなく寧ろ誇るべきだ、と慰める場面がある。(※このような地域で生まれた語源は民衆語源という)

ここで富山の人が感じた落胆は私がもった反感にどこか通じるものがあると思うのである。それに対する著者の反応、これに私は好感を覚えた。発信地としての京、これは自身の調査で明らかになった事。それは譲らない。しかしその中にある、地域を重んじる姿勢ここに胸を打たれたのである。

又調査が進んでいくうちに、アホ・バカの語源は中国にあるのでは、と言う事になっていく。そうすると著者は京都における語源も「社会語源」という新たな概念で整理するのである。この発想は本当に凄い事だと思った。京を中心に捉える事へ反感を覚えていた私としては、巨視的な視野からの発想の転換にやられた、という気持ちだった。私は反感を持った時点で思考停止していた。そうするとこの考えは永遠に出る事はない。学ぶ事、突き詰める事の大切さ、まずはその事象を深く取り入れることの必要性を感じた。

そのような事は自身の方言の考え方に対しても非常に示唆に富むものであった。


 もう一つ、この本がいいな、と思ったのはその姿勢である。アホ、バカという言葉に対し、ここまでやるその姿勢、これこそ正に学問いや楽門であるなと思った次第である。そしてそれは今回、この本をキッカケにツテを辿りなんとか見れた、この本の元となった放送『全国アホ・バカ分布図の完成』を見て感じた事でもある。一つの番組を作るまで、しかもそれを楽しく、この姿勢に本当に敬意を表したい。

 その姿勢には着眼点も含まれるだろう。私たちの本当に身近な所に学びの門は開かれている、そんな事を実証した一冊であると思う。アホ!バカ!…あなたは何というか?そしてその言葉はどんな歴史を歩んできたと考える事が出来るか、その言葉は他にどこで使われているのか?そんな知の冒険をこの本を手に取りしてみてはいかがだろうか?なんてね^^
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